Tomonarism
<第9話>
「俺のチョコ」

みなさんはチョコが好きですか?
僕はあんまり好きじゃありません。
でも今回はチョコの話を。

チョコ嫌いな僕ですが、チョコ自体が嫌いと言うことではなく甘い物が嫌いなのです。
だから普段の生活の中でチョコを欲することはまず無いのですが、
一年のうち、ある一定の日だけ好きな振りをするときがあります。
そう、バレンタインデーです。
今はもう、2月の14日が過ぎてから
「あ、昨日バレンタインじゃない?」って感じになっちゃいましたが、
学生の時はバレンタインの何日か前からウキウキとドキドキが交錯し、
何とも言えない気持ちになったものです。
女性が己の気持ちをチョコに託し、勇気を出して告白する。
そのチョコ同様甘く、とろける様なシチュエーションに僕の心は弾けっぱなしでした。
しかし、小学校一年生の時に3つ貰ってから中学校2年までの間、
僕の手元に愛情が注ぎ込まれているチョコレートなるものを貰ったことはありませんでした。
そう、もてなかったのです。

俺チョコ嫌いだからよ

硬派ぶってそう語っていたものの、心の中は常にすきま風。
分かっていたのです。
チョコが嫌いでも、貰える奴は貰えるんだ。
本当にこれこそ言い訳です。
しかし言い訳でもしないと自分がもてないことを認めてしまうことになる。
僕としては
「僕のことが好きな女の子は、みんな恥ずかしがり屋なのさ」的なスタンスを保っていたかったんですが、
いい加減そんな強がりも疲れました。
そう、もてない男にとってバレンタインは疲れるのです。
貰える男の方が疲れるんじゃないかって?
分かってないですな。
もてない方が疲れる!
私は声を大にして言わせていただきます。
その理由は、まず朝、下駄箱をのぞき込むときに緊張する。
そう、もしかしたらの気持ちでいっぱいです。
しかし大抵失望に変わります。

「まあ、下駄箱っていうのもねえ」

うすら笑いを浮かべて僕は教室に向かいます。
教室に入り自分の席へ。
そして恐る恐る机の中へ手を突っ込む。
いつも置きっぱなしの教科書は2月の13日に持ち帰り済みです。
そう、僕は僕の机にチョコを入れようとする女の子のために机の中を空にしておいてあげたのです。
おそるおそる手を入れる。
そしてここで肝心なのはクラスのみんなに僕が
「チョコ無いかなー」的な気持ちで机の中をあさっている事を悟られないようにすることなんです。
がっついてもよう、良いことないぜ…
気持ちは常に硬派の応援団長なんです。
手を入れている僕に吹き出しを付けるとするならば

あー疲れた

そんな感じがベストでしょう。
基本的にはいつもと同じ一日。
そんな表情でも心の中はドラフトを待つ高校生のような心境です。
そしてやはり無い。

「まあ、机の中じゃなあ」

まだまだ僕は余裕です。
そう、学校はまだ始まったばかりなのですから。
それから休み時間になる度に、僕はわざわざ廊下を歩いたりします。
いつもは気にならない校庭の銀杏の木なんかを眺めたりします。
ホラ、今一人だよ
そんな感じで待ちわびます。
しかし待ち人は来ません。
段々焦ってきます。
まだまだ時間はある、そう思っていたらあっという間に一日の授業は終了です。
しかし!ここからが本番です。
いつもなら我先にと家路につく僕ですが、その日は何だかんだで教室に居残り続けます。

さあ来い!さあ恋!

うまい駄洒落も空しく回り、僕はすっかり暗くなった道を歩いていきます。
まさにトボトボ、そんな感じです。
待てよ…学校じゃあみんなの目がある。
忘れたのか?
俺のことを好きな子はみんな恥ずかしがり屋なんだ、勝負は…そう、家だ!
何だよ失敗しちゃったなあ、
そう言って自分の今にも消え去りそうな希望の光を頼りに僕は家に向かって走ります。
家に着き、いつもと変わらない表情で僕はテレビなんかを見ています。
母ちゃんが僕に聞いてきます。

あんたチョコいくつ貰ったの?と。

さっきお前に貰ったやつ入れて一個だよ

つまり母ちゃんにもらったやつしか無いわけですがその言葉は胸にしまっておいて

まあ、ご想像にお任せします

含み笑いで僕は答えました。
母ちゃんはもう話を聞いてません。
興味ないなら聞くなよ、そう強く思いました。
その時です!
家のチャイムが鳴ったのです!

来た!来た来た来た来た!来やがった!

はーい。

母ちゃんが玄関に向かいます。

だろ?そうだろ?

僕の気持ちはクイズミリオネア
早くそうだと言ってくれ!みの!
そんな気持ちです。
すると母ちゃんが「トモ」と僕を呼びます。

トモ、女の子

来たあ!ホントに来た!

僕はあくまで硬派のスタンスを保ちながら、
え?とか言って面倒くさそうに玄関に向かいます。
ドアを開けるとそこには女の子が立っていました。
恥ずかしそうに頬を赤らめ、両手を後ろに回しています。
僕は言いました。

…何?

んもう!わかってるくせにい!
だってしょうがないじゃない、恥ずかしいんだモン!
女の子は僕の同級生で、その時まではあんまり好きではなかったけど、
その時に限っては大好きでした。
天使のようでした。
天使はモジモジしながら、
あの…その…と言いにくそうに繰り返します。

だから何?

僕は自分がトレンディドラマの主人公にでもなったつもりです。
一人でW浅野です。
だしょ?だしょ?です。
天使はモジモジしながらも、僕の目を見て、
でも言いにくそうに

あのね…うん…って言ってます。

僕はここは男がリードしなくては!と思い。

何か言いたいことあるの?

って優しくリードしました。
天使の羽根がバっと広がり、
後ろに回していた両手を前に出しながら彼女はこう言いました。

義理チョコだかんね!

…殺してやろうかと思っちゃった。
しかも玄関の裏からププーといった声が聞こえます。
そうです、母ちゃんがププーと奇妙な声をあげて笑っているのです。
聞いてたのね…
二人いっぺんに殺してやろうかと思いました。
天使の振りをしていた悪魔は僕の前から立ち去り、
僕の手には彼女に貰ったチロルチョコ(一個20円)が3つ、寂しそうにたたずんでいました。
ホントに義理チョコじゃねえかよ…
だってチロルチョコって。
僕は部屋に戻り、貰ったチロルチョコを眺めました。
何で彼女は「義理チョコだかんね!」って勢い付けて言ったんだろう。
そして僕は疲れ切っている自分に気がつきました。
朝からの緊張と緩和の連続に、僕の精神は崩壊寸前になっていたのです。
気疲れだね、こりゃ。
そういう理由で、貰えない人の方が疲れるわけです。
時計の針が12時を回り、日付が2月の15日になったとき、
僕はまた来年のバレンタインに思いをはせました。
俺、甘い物嫌いだって言ったからかなあ…
そんな反省をしつつ、僕はひとつ、またひとつ、歳をとっていったのです。

もうすぐバレンタインです。
テレビで最近
「バレンタインに告白なんてしない。チョコは全部義理チョコで、面倒くさくてたまんない」
なんて言ってる女の人を見掛けたりします。
そんな女性を見る度に僕はこう呟くんです。
その人に向かってこう言うんです。

期待だけでもさせてくれよって。
希望が無くなったら、暗くて前に進めないぜってさ。