Tomonarism
<第14話>
「俺のハウツー」

みなさんは誰かに指導を受けた事がありますか?
僕はあります。
今日はその話を。

指導を受けたと言っても、手取り足取りというような懇切丁寧な指導を
直接誰かに受けたわけではなく雑誌の記事から受けた指導なんですが。
その雑誌の名前はドント(Don't)
知ってる人は知ってると思うがいわゆるエロ系のハウツー本です。
そう、高校卒業間近に控えやっと初めての彼女が出来た僕は
遅まきながら来るべきその時を前に

ドント(してはいけない)

という名前の雑誌からご教授願っていたわけです。
大抵は友達とかからそういった話を聞いて突貫工事に取りかかるのだろうと思うのですが
あいにく僕の周りには

取り立ての免許で車を運転し好きな女の家の前で2時間ひたすら路駐

したりするようなストーカー防止法がその頃無くて良かったなあという
奥ゆかしい友人しかいなかったので全く参考にならず
しかもマイパートナーもADSL未開通(変な例えでスイマセン)だったので

いやいや、ここは俺が

と、ファミレスのレジ前で誇示するリーダーシップらしきものを発揮するしかないと思い
ドント(するな)に頼ってしまったのです。
幸か不幸か本屋でバイトをしていた僕は
コッソリとレジを通してドントを購入し、家に着くなりページを開きました。
いきなり僕の目に飛び込んできた
「もう怒られない!最高のHテク!」という太い字。

怒られるなんて事があるのか?

と早速深海に沈んだような気分になったが

僕は怒られないぞ!

とモチベーションをあげつつ「最高のHテク」という、
多分それを最初に発揮したらある意味引かれるだろうテクを

幸せの階段

だと信じて登っていこうと心に決めました。
そして乾いたスポンジが水を吸い込むが如く知識を吸収していったのです。
だけど僕も一応普通の人間なので
「何で俺は夜中に西武ライオンズぬいぐるみ相手にテク練(テクニック練習)してるんだ」と
情けなくなったりもしましたが

なにしろ怒られたくはない

と未知なるモノの未知なる恐怖に打ち勝つ為に
テク練(いたって真面目)に磨きをかけました。
そうしてドント(やめろ)に書いてある講義をマスターし、
場面場面に対応できるムーブを会得しいつしか僕は

得意な学科:エロ

というとんだ変態だが過程を見ると涙ぐましい男になっていたのです。
そして時は流れ親が家を留守にするという
ドントの「初めてアンケート」第一位にランクインされていたシチュエーションがやってきて
僕は彼女を家に誘いました。
ドントの指示通り何気なく距離を詰め、何気なく体に触れる。
しかし俺はその状況になってはじめて思ったのです。

そんなの無理だ

人間何気なく生きていたら永遠に体に触れる事は出来ない。
ある意味コレは哲学だ。
意志だ。
確固たる「触るぞ」と言う意志が必要なのだ。
だがきっかけがない。
困り果てた俺に彼女が「インコ飼ってるんだ」と言ってきたので
僕は千載一遇のチャンスとばかりに

手乗り手乗り。手乗りインコ。手乗り手乗り

と何故か手乗りの部分を強調し、
言うが早いかインコをムンズと掴むと彼女に差し出して

テノリテノリ

と呪文のように唱えました。
彼女はえーちょっと恐いとか何とか言いながら手を差し伸べてきてでも
わー可愛いとか何とか言いながらインコを乗っからせて笑顔を振りまきはしゃいでいます。
僕はそんな彼女の笑顔をひとまず置いといてインコをみつめながら

変な所に移動せよ

と心の中で指令を送っていたその時、
インコが彼女の腕を駆け上り首の後ろに移動したのです!
彼女は痛い痛いと小さな悲鳴を上げて僕に助けを求めたので僕は

コラ!やめなさい!ドントだよ!(してはいけないよ!)

と言いながら最高の仕事をしたインコを掴み鳥かごに入れて
彼女の首を触り「大丈夫?」と紳士のように振る舞いました。
うん大丈夫という彼女を見つめ、そして二人の間に沈黙が訪れて
僕は直感的にこう感じたのです。

来たぞ

来てなかったんだろうけど僕はその時そう感じて、
誘いの言葉を投げかけようとしました。
だけど・・だけどドントには、ドントには

ベッドに入る前の段階

が破壊的にはしょられていたので僕はすっかり動転し

ここが一番大事な所なんじゃねえか?

と今更ながらテク練ばかりしていた自分を責めました。
彼女は目を伏せて頬を赤らめ僕の言葉を待っている。
その頃流行っていたトレンディードラマを瞬時に頭の中で思い出し、
色んな言葉を当てはめてみる。
そしてその全てが俺に合わない事が瞬時に判明して発狂寸前になりました。
僕は命綱にしがみつくが如く助けてドントと心の中で叫びました。
ドント何とかしろ、と。
心の中でドントと俺がせめぎ合います。

Don't!(何ともできない)Do!(何とかしろ)
Don't!(エロ雑誌にそれは無理だ)Do!(大丈夫自信を持て)
Don't!(次頑張ればいい)Do!(一瞬一瞬に後悔はしたくない)

そんなドントとドゥーの応酬の中、彼女が呟いたのです。
シャワーとか・・・って。
向こうから巡ってきたそのチャンスに俺はとっさにこう言い放ちました。

シャワー付いてるよ

風呂の付帯設備の有無を答えてどうするんだと2秒たたないうちに俺は思って自分を責め、
そうじゃない、そうじゃないと言いたげな彼女を見て俺は力任せに

するっか!?

と明らかに「する!」と「しようか?」が混ざってしまった変な日本語を言ってしまって
何を思ったか彼女をお姫様だっこしながら半分拉致するようにベッドに連れて行きました。

こうなったら過程は無視だ。大切なのは結果だ。

と結果に重大に結びつくであろう過程を無視して急に立ち上がったので
ベキとか変な音がした腰の痛みを忘れながら僕は彼女に立ち向かう事にしたのです。
ここからだ、ここからが本番だ。
彼女を前にして僕はドントの1ページ目を思い返す。
そして目の前の彼女と照らし合わせる。
そしてドントに優しく問いかけてみました。

服、着てるんですけど?

おかしいじゃないか。
ドントでは1ページ目から上半身は裸だったのに。
クタクタなんですけど。この時点で既に。
ドント曰く最高のHテク、それを駆使する前に大きな山が二つもある。
その山の前で僕は遭難寸前だ。
疲れ果てた僕は彼女にこう呟いた。

みんなさあ、どうしてるんだろうね・・

世の中にはきっと言っちゃいけない事がある。
格好つける事を辞めたら年老いていくだけだ、
しかし思考が止まりかけていた僕はそう彼女に問いかけて
それでも彼女は怒ることなく

脱ぐ・・かな

と言ったので僕は

脱ぎ方を聞いてるんだよ

と、100人が100人

「脱ぎ方?」

と聞き返して来そうな事を言って

ムードとか、いらねえよな?

と大切にしていたからインコとか使った事も忘れて服を脱ぎ始めました。
相当疲れていたんだろう、そう思う。
怒られるのを怖がっていた俺が逆に怒っていた事からもそれは明白だ。
怒る理由も分からないが。
ドント体勢(パンツ一丁)になって寝転がり、吊されている照明器具を見つめながら僕は

原点に、やっと戻った

と、明らかにマイナス地点にいるにも関わらずそう思って彼女を待ちました。

来いよ、今更ドントはドントだぜ

もういい加減ドントから離れたかったが染みついてるモノはなかなか剥がれず、
気持ちを入れ替えて最高のHテクの手順を頭の中で追っている俺に彼女がこう言いました。

音?そう聞き返した俺の耳に飛び込んできた何よりも強いドント

「トモ帰ってるの?」

そりゃねえよ母ちゃん。思うと同時に暴力的な早さで服を着替え直し

「いるいるいるいる!」

と、こっち来ちゃドント俺がそっちの部屋に行くからドントよ
とアピールして母ちゃんのいる部屋に行くと
絶対玄関に置いてあった女物の靴で理解してるはずなのに
誰か居るの?
と聞き返してきたりしやがったので彼女が来てる事を告げると
母ちゃんはニヤリと笑ってこう囁いたのです。

ケーキかね?

意味が分からないが母ちゃんは僕にそう言って笑いました。
彼女を家まで送る道すがら、何とも感じた事のない気持ちで接しながら僕は

心が繋がる為に、体の繋がりが欲しいんだ

って、だったらドントとか読まないでよって言われそうな事を彼女に言いました。
そしたら彼女は分かってるって言いながら次は遊園地に行こうって笑ったのです。
彼女はその後、就職した会社で嫌な事がありどんどんおかしくなっていって
僕の誕生日なのに暑いから帰るって本当に帰ったりするようになりました。
結局彼女とはドントをドゥーできなかったんだけれども。
別れてしばらくして彼女から電話があって、
今は彼氏と仲良くやってるって言ってたので
僕は「うまく彼とデキましたか?」って聞いたら
彼女はお姫様だっこされたあの時みたいにケラケラ笑って
「いいもんだよねえ」って言いました。
本当に、心が繋がったような気がしたよって明るい声でちょっと恥ずかしげに。

何だよ馬鹿野郎って僕は思いながらも
軽いノイローゼから立ち直った彼女に安堵し、
結果的に立ち直らせた彼女の彼氏に感謝し、
あの時呟いた自分の言葉に酔いしれました
それだけはハウツー本に載っていない、僕の言葉だったから。
本当にそう思っていたかどうかは、思い出せないけどさ